うけつがれゆくもの * 上村三代展

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今年は高島屋美術部創設百年にあたるそうです。 その記念として『上村松園松篁淳之三代展』が 高島屋日本橋店で開催されていると知り 「いかなきゃっ!!!」と出かけてきました。 母のお伴で連れ歩かれた時期を過ぎ ひとりでも観に行きたいと美術展に出かけたのは 上村松園がはじめだったかもしれない。 ====

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≪人生の花≫上村松園 明治32年 (1899) 京都市美術館 今回の1枚はこれ。 展示室に入ってすぐの場所に展示されていましたが 何度も何度もここに戻ってきました。 紋のついた格の高い着物は花嫁衣装。 母の背に隠れるように 恥じらいながら伏し目がちに 人生の門出を踏みだす姿に 情感があふれています。 画業に打ち込む決意をかため 「私の青春の夢をこの絵の中に託した」という 松園24歳の作品です。 前記事の『3月9日の』PVも 角かくしの花嫁衣装だったので ちょっと、あれ???っと驚いた・・・。

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≪虫の音≫上村松園  明治末~大正初期 個人蔵 何度も観ている松園ですが、今回は はんなりと艶っぽい作品たちが気になったので すけすけ特集です。 そしてこの頃、松園明治35年(1902)に長男信太郎 (のちの松篁)を出産します。

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≪ほたる≫上村松園 大正2年 (1913)頃 ギャラリー鉄斎堂 すけすけの蚊帳を釣りながら 宙を漂う蛍に「あ・・・・」っと目をやる女性。 色っぽい題材を高尚に描くことに挑戦した絵だそうです。 掛け軸の天地は着物と同色で表具してあって それも素敵だったのですが 図録には表装まで載せていないのね。。。 そういえば西洋絵画でも額は載せていない。

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≪むしの音≫上村松園 大正3~4年 (1914~15) 遠山記念館 繰り返し描かれる秋の夕暮れの御簾越しの女性。 同時代に活躍し、東の清方、西の松園の並び称せられた 鏑木清方は江戸庶民の生活を写しとり、 はかなげでな女性を描きましたが、 松園の描く女性は艶やかでゆたかな情感をもち まったりと上品。 (鏑木清方美術館を訪れた記事はこちら)

花がたみ

≪花がたみ≫上村松園 大正4年 (1915) 松伯美術館 この一角だけ違う光を放っていました。 2年前の日展100年展でも観た世阿弥謡曲に題材をとった作品です。 心破れて舞う照日前は 哀れでありながら、愛らしさものこし 何度観ても心をとらえて離しません。

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≪待月≫上村松園 大正15年 (1926) 京都市美術館 今回のもう1枚。 何故か黒い着物に惹かれた日。 ふりむくまで見つめていよう、という気になる後姿。 賛否が多いという中央を貫く柱に護られ 決してこちらを向かないんだけど 手が届きそうで届かない女性ってこんな感じ?

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楊貴妃上村松園 大正11年 (1922) 松伯美術館 松園には珍しい裸体画。 すけすけの衣だけど、御簾ごしの着物姿のほうが 色っぱいかも。。。。 額に抱く鳳凰の冠も輝かしかったのですが 小さな画像ではうまく伝わらないかな。 寵姫が身支度をする姿は、デジャヴのような気がして・・・ そうだ、先日Taekoさんのところで拝見した テオドール・シャセリオーのエステルと同じ主題ね。

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画室にこもりきりの松園を、「二階のおかあさん」と読んだ松篁が 絵画学校に進学し、 母と同じ道を歩きはじめた頃の作品。

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≪京美人之図≫上村松園  昭和7~10年 (1932~35)頃 株式会社ヤマタネ 松園を女手ひとつで育て、松篁を育ててくれた母が没したのはこの頃。 それをきっかけとして、母子像や市井の女性を描くようになったということです。

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≪冬暖≫村松 昭和8年 (1933) 松伯美術館 花鳥画家の松篁にはめずらしい人物画は 縁側であそぶ長女と次女を描いています。 淳(のちの淳之)がうまれた年の作品です。 松園の作品の前では背筋を伸ばす緊張を感じますが 松篁の作品の前では心が幸せに満たされ ほほえむ自分に気づきます。

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≪月夜≫村松 昭和14年 (1939) 松伯美術館 ピーターラビットから兎つながりね。 昨年の春にも観た 月夜の兎。 松園の描く女性の髪の美しさとともに 松篁の描く毛皮のぬくもりに魅了されます。

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≪春≫上村松園 昭和15年 (1940)頃 ウッドワン美術館 晩年は上半身のみの姿が多い松園ですが、 この日惹かれた黒い着物の女性、その3。 桜の舞い散る中で花見をする江戸期の女性です。 同居していた松園松篁は、互いの画室の灯りを見遣り 「そろそろ寝たほうがいいんじゃないか」と いたわりながら制作に励んでいたということです。

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≪初雪≫上村松園 昭和15年 (1940)頃 大川美術館 「真・善・美の境地に達した本格的な 美人画を描きたい」と願った松園の 晩年の作品ですが、首をすくめるしぐさが 愛らしい。 戦火が激しさを増し、松篁は昭和20年に松園を京都から奈良の画室 唳禽荘(れいきんそう)に疎開させます。 当時学生だった淳之は、夏休みに遊びに来て 世話をしながら祖母が画業に打ち込む神々しいまでの姿に ふれていたそうです。

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昭和23年に松園は女性として初の文化勲章を授与され 「女性だから」との因習を打ち破ります。 同年、松篁は新しい日本画の創造をめざし 秋野不矩らとともに昭和23年に"創造美術"を結成します。 (秋野不矩展へ出かけた記事はこちら) 松園疎開先の奈良の奈良の地を愛し、 昭和24年に74歳でその生涯を閉じたのも唳禽荘でした。 そして、祖母や父と異なり、画業に携わることを反対された淳之は、 松園没後空き家となっていた唳禽荘に移り住み 「鳥がなく家」という名前のとおり鳥を飼い始めます。

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≪杜若≫村松 昭和53年 (1978) 神奈川県立近代美術館   杜若というと思い起こすのは琳派。 (尾形光琳の描く杜若の画はこちら) 松篁は構図を決めてから実際に植え、 その姿を写しとめたそうです。 花がたみを描くために精神病院で写生をした松園にも通じる 徹底した姿勢を感じます。 昭和59年に松篁は、母に続き2代にわたり 文化勲章を受章します。

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≪水温む≫村松 昭和63年 (1988) 松伯美術館 春のはじまりを感じる絵。 椿の一番美しい姿を写しとっていますね。 落ちてもこんなに美しかったらいいかも。 松篁は余白にこだわったという解説に納得し、 そのすばらしさに、うっとりとため息。

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≪初めての冬≫上村淳之 平成5年 (1993) 松伯美術館 図録は野生を感じる淳之のキツネの親子。 自宅の唳禽荘で飼育した子狐がモデルだそうです。 徹頭徹尾やりぬく上村家の血は うけつがれているのですね。。。。 ポストカードのふんわりとした毛皮の松篁の作品と並べると それぞれの個性をはっきりと感じることができますね。

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≪晨≫上村淳之 平成12年 (2000) 個人蔵 目立たぬ場所に配置されていたけれど その場から離れられなくなってしまった 毅然とした姿で宙を見つめる白い鷹。 父松篁が永年描きたいと願っていたため 手を尽くして探したそうです。 3代にわたり受け継がれたのは反骨精神だと語っておられましたが 家族を思い、いたわる気持ちも 確かに受け継がれていると感じました。 松篁はこの画が描かれた翌年 白鷹を描くことなく平成13年に没しています。 そして

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≪焔≫上村松園 1918年 東京国立博物館 六条の御息所を描いた ≪焔≫の下絵もありました。

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記事を書くのに時間がかかり、 東京での会期は終了してしまいますが 下記のように巡回するそうです。 2009年3月4日(水)~16日(月)    高島屋東京店 2009年3月25日(水)~4月6(月)   高島屋大阪店 2009年4月8日(水)~4月19日(月)  高島屋京都店 2009年4月22日(水)~5月11日(月)  高島屋横浜店 2009年5月21日(水)~6月1日(月)   ジェイアール名古屋高島屋 おまけ・・・

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先日、目黒川で見かけた白鷺。 この展覧会を知る前だったから 「つながってる~」と驚きました。 そんな近況はまた別記事で。。。。

もっと知りたい上村松園―生涯と作品 (アート・ビギナーズ・コレクション)

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  • 作者: 加藤 類子
  • 出版社/メーカー: 東京美術
  • 発売日: 2007/02
  • メディア: 単行本
 

では、また