水無月の小町たち * 鏑木清方展
紫燕飛舞(チャイナローズ)のうつむきがちの美貌は 水無月の最後の週末。 ====
ワイン用黒葡萄品種のカベウネ・ソーヴィニヨンも ベランダで雨に打たれています。
あれ? 外出先でも葡萄を見つけました。 ここは鎌倉。 雨だから人が少なくていいかな、 なんて出かけたら大間違い。 小町通りの喧噪をかきわけ、この先の教会の次の角を左に曲がると目的地。
鏑木清方は近代日本画の巨匠です。 特に美人画では上村松園、伊東深水とともに三大巨匠と評されているそうです。
雪の下の旧居跡が記念美術館として公開されています。 正面玄関を入ると迎えてくれたのは 清楚な紫陽花。
鏑木清方を知ったのは最近のこと。 上村松園の画集に同時代の画家として記載があり (清方は明治11年、松園は明治8年生まれ) 松園のはんなりと美しい京の美人画に比し、 清方の"ため息が出るばかりに粋だが、一方、 一陣の風に脆くも消え去りそうな女性たち"という 解説に興味を覚えたのがきっかけです。 (松園についての過去記事はこちらとこちらにあります)
≪曲亭馬琴≫ 明治40年(1907) 視力を失った晩年の曲亭馬琴(滝沢馬琴)が息子の妻に「南総里見八犬伝」の 口述筆記をさせている情景です。 陰影に富んだ画面が物語のドラマチックな場面を想起させます。
≪絵双紙屋の店≫ 大正8年(1919) こちらは掛け軸。 下町の風俗が生き生きと描かれており、 こちらに背を向けた少年と一緒に 並んで掛けられた絵双紙を覗きこんでしまいます。
≪朝涼(あさすず)≫ 大正14年 (1925) 清方を知り、興味をもったきかけとなったのがこの≪朝涼≫です。 長女をモデルに金沢八景の別荘付近の朝を描いた作品だそうです。 傍らには蓮の蕾。 頭上には朝の白い月。 清らかな横顔の少女は 実はなーんにも考えていなかったりして・・・ だからこそ無垢に美しいのではなかろうか なんて、よけいなことを考える(笑)
≪初雁の御歌≫小下絵 昭和7年 (1932) あら、この雅なお方は?と疑問に感じたこちらの作品。 明治天皇の業績を描いた聖徳記念絵画館(神宮外苑にある「絵画館」の正式名称だそうです)の 壁画の下絵だそうです。
≪濡髪≫ 昭和10年 (1935)頃 うって変わって艶っぱいおねえさん。 ぬか袋を軽く口に銜えて傘を開くのはお風呂の帰り道。 印象派の裸婦が裸足で逃げ出すようななまめかしさ。 「TSUBAKIです」という資生堂のCMを思い出した 元祖ニッポンの艶やか美人だなぁ・・・・
≪慶喜恭順≫ 昭和11年 (1936) こちらは徳川家最後の将軍慶喜の肖像です。 作品のタイトルを知り、モデルが誰なのかを悟る前にも遠目からわかる高貴な身分。 そして意志を持って伏せられた眼差し、畳の上に坐した姿で 大政奉還後であるという背景が語られます。 何度も何度もその前に戻って佇んだのがこちらの作品でした。
正面玄関の紫陽花は長谷寺から。 次回は長年に渡って描いた泉鏡花の著作の挿絵を紹介する 「鏡花作、清方描く」という収蔵品展だそうです。
清らかな光に浄化されたような 清涼な空気に満たされたような帰り道。 では、また