セルビアワイン( Srpsko Vino)について①歴史

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 今年の夏が、いつもと同じ夏であれば8月の終わりから9月のはじめにかけ、セルビアでワインとラキヤの収穫と醸造について学ぶ予定でした。Covid-19の影響により、あいにく「ステイ・ホーム」の夏となりましたが、日本で調べられる限りの情報で学びを重ねていきます。

 

前記事の、『セルビアのラキヤ(Srpska Rakija)について』に続き、ここからはセルビアのワイン(Srpsko Vino)についてのまとめです。

  

セルビアワイン(Srpsko Vino) について
①歴史            ←いまここ
②気候・風土・土壌
③主な栽培ブドウ品種     
 1.白ブドウ         
 2.黒ブドウ         
④ワインの法律と品質分類 
⑤ワインの産地と特徴
 1.セルビア中央地域
 2.ヴォイヴォディナ地域、コソヴォ地域
⑥参考書籍・参考サイト
番外編:
①セルビアのラキヤ(Srpska Rakija)について
②2015年9月セルビア(ラシュカ、修道院にて「アガペシロップ」づくり)  

 セルビアでは、ワインの生産に適したヴィティス・ヴィニフェラ(Vitis vinifera)種のブドウはロザ(Loza)と呼ばれ、それ以外の別のブドウ(グロージャGrožđa)と区別されている。ロザの語源は、スラヴ語の動詞laziti、lestiである。ブドウの樹もヴィノヴァ・ロザ(vinova loza)という名を持ち、Lozaという言葉はワイン用ブドウの樹に厳密に関連付けられている。 

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シルミウム遺跡 

 バルカンの激動の歴史は、ブドウ栽培の発展における浮き沈みに影響を与えた。イリュリヤ人、トラキア人、ケルト人は、この地域にローマ人が到着する前からブドウ栽培を行っていた。ブドウ栽培の初期の痕跡は、現在のヴォイヴォディナ州にあるシルミウム遺跡で、鉄器時代青銅器時代(紀元前400〜200年)に属する野生ブドウの化石が発見された。また、ベオグラード地方のヴィンツァ遺跡(Vinča)でも、野生のブドウが発見されている。しかしながら、科学的な調査では、ヴィンツァで見つかったアンフォラから、ブドウまたは発酵小麦から作られた今日のワインやビールと同様の飲み物を含んでいたことは確認されていない。

 4世紀のキリスト教公認以前からワインは通常食事時に飲まれていた。当時ワインは神が創造した世界の一部であり、ゆえに「本質的に優れたもの」とされていたが、過度の飲酒は厳しく非難されていた。聖書とキリスト教もまた、アルコールは人生をより楽しくする神からの贈り物であると教えたが、酔いにつながる過度の耽溺は罪深いとした。キリスト教徒は日常生活の一般的な習慣としてアルコール飲料を消費し、聖餐の聖体はパンとワインで構成されていた。紀元92年のローマ皇帝ドミティアヌス(西暦56〜96年)の勅令により、ローマと競合するブドウ畑の引き抜きが命じられると、バルカン半島の州でのブドウ栽培も禁じられた。

 セルビアにおけるワイン製造の技術は、紀元200年頃にローマ軍によってヴォイヴォディナ地域にもたらされた。ドナウ川流域はローマ帝国の歴史上、守りの要衝地として駐屯地が置かれ、兵士や入植者へのワインの安定供給のためにブドウ栽培を行ってきた。セルビアでブドウ栽培の実際のはじまりは、ローマ帝国の2番目の皇帝マルクス・アウレリウス・プロブス(Marcus Aurelius Probus 276-282)によりシルミウム(現在のスレムスカ・ミトロヴィツァSremska Mitrovica)周辺に最初のブドウが植えられたと伝えられている。ローマ軍がバルカン半島に到着し、禁止令が解除されると兵士がブドウの木を植え始めた。ローマ帝国がブドウ栽培を促進するとスラヴ人もブドウの栽培をはじめ、地域の人口が増加した。

 ローマ帝国の衰退後、西ヨーロッパと中央ヨーロッパのワインの生産と消費は大幅に減少したが、東西教会(特にビザンチン教会)はブドウ栽培とワイン造りの慣行を守っていた。中世のセルビアでは王家と正教会がワインづくりを奨励した。夏は暖かく、冬は非常に寒い大陸性の気候と砂質の肥沃な土壌を生かし、ワインは人々の間で真の国民的飲料となった。1168年にネマニッチ王朝が成立すると、ワインづくりが奨励された。セルビア初の明文化された法律である「ドゥシャン法典(Dušanov zakonik)」にもワインの製造や販売に関する法律が詳細に記されている。

 

 

 

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ドゥシャン法典 

 

聖書の時代のワイン造り:
パレスチナの気候と土地はブドウの栽培に適していて、ブドウ畑で生産されたワインは古くから地元の消費とその価値の両方で重要な商品であった。ブドウ畑は壁、生垣、有人監視塔によって強盗や動物から保護されていた。収穫は8月下旬から9月にかけて行われた。一部のブドウはすぐに食べられ、他はレーズンに変えられたが、ほとんどは桶に入れられ、男性と男の子が踏みつけて破砕した。
発酵プロセスは圧搾後6〜12時間以内に始まり、通常、発酵の最初の「主発酵」段階を通過させるために、果醪(マスト)は数日間タンクに残された。つくり手はすぐにそれを大きな土器の瓶に移して密封した。6週間後に発酵が完了すると、ワインはより大きな容器にろ過され、消費のために販売されるか、セラーまたはタンクで3〜4年間保管された。 1年の熟成後でも、ヴィンテージはまだ「新しいワイン」と呼ばれ、より熟成したワインが好まれた。多くの場合、すべての腐敗を防ぐのに十分ではなく、保管から生じた「欠陥」を隠すために、スパイスと香りがワインに追加された。

ワインは正教会の神聖な奉仕、聖典礼拝(聖体)の祝典だけでなく、徹夜祷や結婚式の「相愛の杯(新郎新婦がワインを三回飲み交わす儀礼)」で用いられた。聖人の日(スラヴァ)の礼拝にもワインが使用されている。
キリスト教典礼で使用するワインは希釈されたものやジュースではなく純粋なブドウのワインでなければならない。カトリックではヴィン・サント (Vin Santo) など白ワインが実際に使用されることもあるが、正教会では「聖変化(パンとワインがミサの中で実際にキリストの体と血に変わること)」をよりよく象徴するために赤ワインでなければならない。通常は甘口であり、ギリシャ正教教会ではマブロダフネ(Mavrodaphne)、ロシアでは教会はカゴール(Кагор)などが使用されている。

Christian views on alcohol - Wikipedia 

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現在も続く聖餐用ワイン「アガペシロップ」づくり(2015年9月ラシュカ近郊の女子修道院にて撮影)

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 15世紀末から500年にわたるオスマン帝国支配下では、イスラム教の戒律によりアルコール飲料が禁じられた。この時期に主に中東から生食に適したブドウ品種と乾燥の技術がもたらされた。ワインづくりは修道院内で守られた。

 19世紀の終わりには、セルビアのブドウ栽培はヨーロッパと同じ運命をたどった。フィロキセラ(ブドウネアブラムシ)の繁殖により土着品種は絶滅に瀕し、多くのブドウ畑が荒廃した。1878年ベルリン会議で独立が国際的に国家の承認をうけると、オブレノヴィッチ王朝とカラジョルジェヴィッチ王朝期のもと、オーストリアハンガリーから近代的な技術をとりいれ、ワイン産業は黄金期を迎えた。主にフランスから導入された国際品種に加え、プロクパッツ(Prokupac)、スメデレヴカ(Smederevka)、プロヴディーナ(Plovdina)、タミヤニカ(Tamjanika)などの土着品種も注目をされるようになった。1912年に沈没したタイタニック号のワインリストにもスレムスキ・カルロヴツィ(Sremski Karlovci)のデザートワイン(ベルメット Bermet)が採用されていたのもこの頃である。 

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 1945年以降の旧ユーゴスラヴィア時代には国営の大規模農園でブドウの大量生産が行われた。最盛期には120,000haの畑で年間600,000,000ℓの生産量を誇り、世界の10大産地にも選ばれた。しかしながら、多くのワインは製造過程におけるすべての段階で質よりも量に重点が置かれていた。限られた品種のみが栽培され、多くの土着品種がこの時期に姿を消した。1980年代には生産と輸出の急激な減少が見られた。1990年代のユーゴスラビアの崩壊によりブドウ畑は破壊をうけ、その後のセルビア経済の崩壊に伴いワイン産業も低迷を続けた。

 2000年代になると数多くの小規模ワイン醸造農家が市場に参入し、ブドウ栽培はセルビア農業の先進部門となっている。品質質重視の生産者が土着品種と国産品種を用いた高品質なワインを生産し、ベルメットなど、忘れられかけていた伝統も復活した。国の景気回復も国内消費の増加に貢献した。2019年の生産量約425,000tは世界15位である。輸出量は国内生産の5%にとどまり、そのほとんどが近隣諸国むけである。

 

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Serbian Wine Guide https://serbianwineguide.com/list-of-serbian-winemakers/

 21世紀の幕開けとともに再興がはじまったワイン産業であるが、ブドウは成熟に20年を数える樹であり、果実に円熟みを増すのは樹齢40年頃から。栽培や醸造技術の成長とともに、今後の20年で優れたワインが続々と誕生することが期待される。

 

気候・風土・土壌 に続く

 

 

 

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